本格ミステリの傾き者、推理作家 [霞流一 探偵小説事務所]

予報では、雪が降るとのこと。
でも、空がどんよりと曇っているだけで、霙も降らない。
ニュース番組では、降雪情報のコーナーが設けられていて、
男のキャスターが外でマイクを持ち、
「まだ、雪は降る様子がありません」
この中継を何度も何度も繰り返している。
だんだん、キャスターが、まるで雪が降らないのは自分の責任でもあるように、申し訳なさそうな態度になっていくのが可笑しかった。
寒さが厳しくなってきたので、冬服を整頓し、取り出しやすくしておく。
2年間、一度も着ていないものはラックの奥に。
10年前の革ジャンとか、18年前のロングコートとか、
どうせ今年も着ないのだから仕舞ってしまえ。
気付いたこと、昔の冬服ってすごく重い。
これ着て、歩くだけで、いい運動になり、汗かくだろう。
それとも、こちらが齢食ったただけか?
宮崎県の東国原英夫知事が就任してから一年が経つらしい。
県民からの評判はすこぶる良好なようで、素直に喜びたい。
選挙運動の時から、ずっと知事をサポートし、秘書の役割を果たしてきたのが、
たけし軍団時代の弟弟子のクロマニヨン吉川。
知事と一緒に報道番組にゲスト出演していたので、久しぶりに見たら、
やはり、相変わらず、顔立ちがクロマニヨン。
改めて、師匠・ビートたけしのネーミングのセンスの良さに舌を巻いた。
東国原知事、というより、そのまんま東はたけしの一番弟子だった。
彼が初めて、マスメディアに登場したのが、1981年、ニッポン放送の「ビートたけしのオールナイトニッポン」である。
当時、俺は熱狂的なリスナーで、
番組のトークやギャグなどを収録したベストセラー「ビートたけしの三国一の幸せ者」は初版で購入し、
今でも、座右の書としてデスクに置いてある。
で、同書には、そのまんま東の写真やら履歴やら失敗談などが数ページ記録されている。
そして、東が師匠たけしを最初に笑わせたギャグである「ヨイショ・ネタ」も掲載。
例えば、
「やさしいたけしさんと、仏様がダブって、毎日のように夢枕に立ちます!」
「たけしさんの歌声を聞いていると、遠く潮騒を聞いているような錯覚をおぼえます!」
「高田文夫先生の原稿は遠くから見てもすぐわかります。金色に輝いているからです!」
「たけしさんがきれいな女の人の前に立つと、電話番号や名前を聞いて覚えようとしてらっしゃいますが、これは頭の回転を速くして、番組に生かそうとしているからです!」
これらを言い放つたびに、たけしからポカポカ頭を殴られるというのがパターンで、
深夜、ラジオから聞こえてくるポカポカの清冽だったこと。
それにしても、東のこうした「どげんかせんと」して師匠を持ち上げようとする、ヨイショのセンスは、誠意の極端な表れであり、知能的なサービス精神でもある。
そう、このセンスこそが、25年後、宮崎県の営業マンとして活躍する原動力の一つになっていると考えるのは、あながち的外れでは無かろう。
さらなる飛躍を心より期待している、ヨイショッ!
晩飯。肉じゃが。セロリの梅マヨ。セロリの葉っぱのサラダ。
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